2007年4月8日日曜日

070408 MJ-12文書のことを思い出す

【ジュセリーノ予言の真実 0408】 MJ-12文書のことを思い出す

それで、前にも少し書きかけたことなのだが、先週の土曜・日曜と立て続けにいろいろな出来事が身の回り起こった。

ただ漫然とそのことを書いてみたのだが、適当なオチがないままどこに向かってゆく文章になるのか自分でも予測がつかなくなったので途中で投げ出してしまった。それで書き直してみた。


先週、はじめて生の藤本美貴を間近で(手を伸ばせば触れるくらいのところだ)見ることが出来たことだった。彼女たち【註1】が通り過ぎるといい匂いがした。「いい匂い」といっても焼き肉の匂いではない。

やはり実物で見た藤本美貴はとても可愛い。

「可愛い」という言い方も月並みだが、どんなに凶暴で攻撃的な性格の山猫だって見た目はやはり可愛い。そういう意味での「可愛い」である。

やはりミキティといえば藤本美貴のことだ。元祖なんて肩書きはいらない。この世で「ミキティ」といえば藤本美貴ひとりだけでいい。そんなことを強く思ったのである。

安藤美姫だって今や世界ナンバーワンの女子フィギア・スケーターだ。世界の安藤美姫だ。そういう傑出した女性アスリートであることは間違いはない。しかし彼女が「ミキティ」と呼ばれたり、名乗ったりすることは彼女の存在価値を上げることにはならない。それどころか(藤本美貴と較べられるということで)むしろ彼女を芸能界的なものさしで計ることにもなり、なんとなくくすんで見えてしまうのである。ルックスが。

安藤美姫のためにもやはり安藤は「ミキティ」の愛称を封印すべきではないだろうか、そう思ったのである。

同じ事がかつて田村(現姓:谷)亮子【註2】にも言えた。彼女がもし「ヤワラちゃん」と呼ばれなければ彼女に対する女子柔道家としての評価は別のものになっていただろう。浦沢直樹だって心置きなく漫画の続きを書きつづけることが出来ていたかもしれない。田村亮子が原作の熱心なファンから嫌われるということもなかったであろう。

南海ホークスの選手だった香川伸行もそうだ。彼がもし「ドカベン」とか呼ばれなければもうすこしマシなプロ野球選手としての成績が残せたような気がしてならないのだ。もっとはやく捕手としての道を諦めて【註3】一塁なりDHに専念していれば香川はもっと良い成績を残していたはずだった。

「肩書きとか他人がつけたレッテルに縛られる」ということはこういうことなのだ。時として正確かもしれないが、間違ったレッテル貼りはその人間の人生を狂わせてしまう。安藤の行く手にはその大きな二叉路が待っている。どちらを選ぶかだ。選ぶのは自分自身である。運命とはそういうものだ。自分で選ぶことが出来るのが将来であるとか運命なのである。

誰かは知らないが、ジュセリーノ本人なのかは知らないが「的中率90%」とかの肩書きをつけた人物がいる。これが本国ブラジルでも大失敗だったようなのだ。今ジュセリーノを否定的に語るブラジル人がまっさきに上げたのも「90%」という数字の部分にだった。まあそれで2006年初頭に予言を公開させられるハメになったのだそうであるが。

何故失敗だったかというと、ジュセリーノがノストラダムスとは違って今尚生きていて、これからも予言をしつづけなければならないからだ。そもそもノストラダムス以上の予言者だとか喧伝しようとか考えること自体が大失敗だったのである。

現実、ジュセリーノの予言が日本に輸入されたと同時にその「肩書き」に大きな嘘があることがすぐにわかってしまっていた時期であった。韮沢潤一郎(敬称略)も当然このことは知っていたはずである。それでも彼は「的中率90%」という数字を言いつづけた。もちろんビジネスとしてそう言いつづけなければ成立しないということを知っていたからである。立場がそれを彼に言わせたのだ。

たとえばこれが70年代とかののどかな時代だったならば少しの期間だけは通用していたのかもしれない。日本の真裏のブラジルの予言者に関する情報だったら都合の悪い部分は隠し通せたり、いくらでも捻じ曲げることは出来ただろう。それでこういう嘘をついてもばれないとタカを括ったのかもしれない。

まあ確かに70年代には、ユリ・ゲラーであるとか超能力少年であるとか猿と人間の混血オリバー君がけっこう信じられていたような時代ではあったし。オリバー君は違うか(笑)

ノストラダムスの予言関係だってそうだ。ノストラダムスのというか五島勉のついた嘘がばれるのにも15年以上(91年だとすれば18年間、95年だとすると22年間だ)もかかっている。

しかし、今はそんな薄っぺらな嘘がいつまでも通用する時代ではなくなっている。フジテレビの「あるある探検隊」にまつわるデータ捏造にしてもそうだし、TBSの最近の一連のねつ造報道もそのいい例だ。

嘘をついてまでのしあがろうとか金儲けをしようとか視聴率を稼ごうとか考えた人間は必ずやその嘘によって立場を失い、あるいは身を滅ぼしたりするのである。

いくら「たま出版」がジュセリーノに関して嘘の情報で塗り固めたとしても、もうすぐジュセリーノに関する正しい情報はゆっくりとだが確実に日本にまで届くのである。

今でも韮沢潤一郎(敬称略)は(東京スポーツ以外の)スポーツ新聞や週刊誌相手にジュセリーノの予言の怖ろしさを語りつづけている。記者たちは職業上正面切ってそんなそぶりは絶対見せないが内心ではほとんどの人間が彼のことを馬鹿にして、笑い者にしているのだ。もちろん彼らもまた、ジュセリーノの嘘がばれたときにどうやってこの韮沢潤一郎をとっちめてやろうかと待ち構えているのである。

そのとき韮沢潤一郎はどうやってその責任をまっとうするのであろうか、あるいは逃げ回るのであろうか。それとも、またもや被害者づらしてテレビでぼやきまくるのか。

思い出すのはもう20年近く前のことだ。テレビ朝日の深夜番組「プレステージ」に出演していた韮沢氏は、高野誠鮮氏などからも白い目で見られながらも
「いやぁ、MJ-12に関しては偽の情報があまりにも多いんで我々も苦労しているんですよ・・・」とぼやいてみせていた。

嘘をついてはいけない。

MJ-12なんて最初から噴飯物と判りきっていたものをああだこうだと変な「証拠」を次々と持ち出してきては「本物だ」と言いまくっていたのは韮沢氏本人である。

今回のジュセリーノ予言騒動もそのときとまったく臭いが漂っているのであるが。

果して韮沢氏今度はどういう落ちをつけるつもりなのであろう。

同じ手は二度とは通用しないし通用させてはいけない。



蛇足的注釈

【註1】ミキティの相方「あやや」こと松浦亜弥さんには何故か何度も実物にお目にかかっている。去年もこの時期割と間近でお目にかかった。数年前など北千住近辺を友人とふたりで歩いていたときのことだが道端に止めてあったワゴン車のスライドドアがガラッと開いて中からキンピカのアラブ風衣装の松浦さんが飛び出してきたことがあった。あのときは唖然としたなぁ。向こうもびっくりしていたみたいだけど。「プリンセスあやや」のロケだったらしい。

なおその友だちはその後も柔道着姿の松浦さんを家のすぐ近くで見かけたそうだ。「あの子見る度に胸が大きくなってるんだけど」と本気で心配していた。別に心配してもしかたのないことだが。確かに大きいことは大きいんだが、それは隣りに藤本さんがいたせいでそう見えただけかもしれない。

【註2】最近の若い子の中には「YAWARA!」という漫画は田村亮子をモデルにて作られたものだと思っているという人がかなり多いのだそうである。マジかよ!

【註3】「あいつ、めちゃ記憶力ないねん・・・」ある南海ホークスOBの元ピッチャー(背番号20)だった人が語っていたことだが、当時の南海はキャッチャーの出すサインを、打者別あるいはイニング別に複雑に変えるなどしていた。試合途中から出場してマスクを被った香川はマウンドへ行きピッチャーとサインの確認をしてからホームベースのうしろに戻って「よっこらしょ」といいながらしゃがんだのだが、しゃがんだ途端にさっき確認したばかりのサインの区別方法というものががすっかり頭からすっとんでしまったらしく、あわててもう一度マウンドまで駆け寄ってきてその投手にサインの種別の確認をしてきたのだそうである。

こんな人間がドカベンを名乗ったり名乗らせたり、キャッチャーというポジションに拘らせたりすること自体が大きな間違いだったのである。
南海の監督だったドン・ブレイザーはそんな香川をすぐに諦めてキャッチャーとして使おうとはしなかったが、本社サイドからは香川を捕手として使えというプレッシャーがあってしぶしぶ捕手としてだましながら使いつづけたと生前語っていた。早く一塁とかDH転向させていれば打者として開花していたかもしれないと語る評論家もいたのは事実である。実際打撃の成績自体は悪くはなかった。