2010年5月13日木曜日

100513 大地震の予言についてひとことふたこと

ジュセリーノは「今月14日に東京で大地震がある」という予言を公表している。[註1]

そのためか最近再びこのブログの訪問者数が伸びている。

いつも言っていることだが、自分はこういう数字の伸びははっきりいって好きではない。

このような訪問者の伸びがあるということは、それだけ多くの日本人が不安を感じているということでもあるからだ。


しかし、ありがたいのは、今回は不安を訴えるメールであるとかコメントの数はさほど多くないということだ。

それでも50近い数のそういったコメント・メールは来ているが、以前(二年前)のような「500」だとか、あるいは「1000」という数に比べればずいぶんと減ったものだ。

それだけ皆がこのジュセリーノという予言者の真実の姿を学んだということだろうし、このようなブログをやってる立場の私にとっては喜ばしいことだと歓迎している。

まあそれでもやはり皆無ではないというのもこれもまた大きな事実なのだが。




何通かの(返事が必要だと思われる)メールに対しては御返事は差し上げた。

それにしてもだ。本来ならばこれは自分の仕事ではないはずだ。

本当ならば、こういうことをしなければならないのは「ジュセリーノ予言」をネタにして本を出したり、テレビ番組を作って放送した連中だろう。

以前は「なんで自分が連中の尻拭いのようなことまでしなければならないのだろう?」というような半分の怒りと半分の感傷を抱くこともあったが、今ではもう別のことを考えるようになっている。

はやり、日本人の誰かはこういうことをし続けなければならないのだろうし、それができるのはいまところこの日本ではただひとりこの自分だけだ。そしてそれを買って出たのはほかの誰でもない。この自分なんだよなぁというようなことだ。

まあだからこれからもどんどんとメールを送ってください、なんてね。


さて、それにしても最近特に思うのは「日本人の優しさ」というか、別の言葉でいうと「争いごとを好まない温和性」というものだ。

ジュセリーノの予言のような「まやかし予言」がこの世にはびこり、ある種のしこりのようにして奥深いところにいつまでものこってしまうのは、その一因を考えた場合、この日本人の特性である「争いを好まない温和性」というものが大いに関係しているのではないかという気がするのだ。

たとえば、例を出せば、インドネシアであるとか中国で流行りかけた「ジュセリーノ予言」があっさりと消えたのは、その国の政府が率先して「この予言を信じるな」という声明を出したからである。

日本ではジュセリーノはこのような扱いはうけていない。まあ強いていえば「過去の人」扱いではあるが、完全な意味での過去の人ではないのも事実。

自分は、こういうところがいつまでたってもジュセリーノの予言というものが人々の口の端から完全に消えることがないひとつの原因ではないのかと思っているのだ。

じゃあどうすればいいのか。それについては何度もここで書いているとおりである。

かつてジュセリーノのことを「的中率99%の予言者だ」とジュセリーノを持ち上げて紹介したマスコミすべてがちゃんとしたかたちで「あれはウソでした」と公式に認めて謝罪するしかないんじゃないかと。

そして、それをさせるのはこの自分(だけ)ではなくて、(自分を含めた)日本人すべてに課せられていることなのではないだろうか。

ジュセリーノの予言のウソに騙されて憤慨している、あるいは不安を感じたという人は、本当ならばジュセリーノの番組を作って流したテレビ朝日、日本テレビ、テレビ東京というテレビメディアに対しては抗議をするべきなのだ。

ジュセリーノの予言を肯定する内容の本を出版した「たま出版」「ソフトバンククリエイティブ」「講談社」に対して断固たる抗議するのが本当は当たり前のことなのである。

それをしないで「なんか騙されちゃったみたいだねぇ」みたいにまるで自分のせいにして黙り込むのは実はよくないことなのだ。

ちなみに、この「5月14日大地震がある」という予言が掲載されているのはテレビ東京の番組を下敷きにして一昨年「ソフトバンク」から出版された「ジュセリーノの警鐘」という本である。

この世には愚かな人間はなんぼでもいる。それは知っていたが、それでもこの「ジュセリーノの警鐘」という無茶苦茶な本を「自分がプロデュースしました」と誉れとして語る愚か者が本当に存在するとは思わなかった。しかし、いるんだよな、そういうバカヤロウがさ。

そっちのほうが私達日本人にとっては「恥」であり問題なのかもしれない。




[註1] 東京が(M7クラスの)大地震に見舞われる確率については以前ここで書いたことがある。 おおよそ100年に一度、このような大地震が東京(というか南関東)で起きているのは事実であるから、いつかは東京でこのような大地震は起きるだろう。そう見るのがごく普通の考え方になる。

しかし、ある特定された日にその大地震が起きる確率はおおざっぱに言えば「1/36500」になり、これはいつどの時点でも変わらない。もし99年間大きな地震が起きなかったからといって、その次の年の100年目に100%の確率で起きるということにはならない。

東京に住むということは毎日毎日この「1/36500」という確率と向き合って生きるということにほかならない。「1/36500」とはつまり「0.0000273」であり「0.00273%」ということだ。

しかし、この世には(特に東京に住むということは)0.00273%以上の確率で起き得る災難のほうがもっともっと多いのが大きな事実だということを忘れてはいけないと思う。



逆に言えば、ジュセリーノだって誰だって100年間毎日毎日「東京で大地震が起きる」と言ってればそのうちにその予言は的中する可能性はあるのだ。「(そういう意味で)ジュセリーノは努力不足だと思う 今の100倍以上の大地震の予言を公表しないと年にひとつの的中予言も出ない」というコメントを頂いたが。まあ実際そんなところだろうな。



[追記]

「100年に一度は正しくない」という御意見を頂いている。まあ確かに「100年に一度」という表現は正確ではない。でも皆は普通に「100年に一度は大地震が…」というでしょう。それをそのまま転用しただけで「100年に一度」は実証可能な数字からきたものではない。単なるたとえとして持ち出してきたつもりである。もちろん、「0.0000273」とか「0.00273%」というのも単に365日×100年を置き換えただけでそれ以上の深い意味はない。「ある特定の日に大地震が起きる確率」についての考え方を示してみたのだ。

関東地震 ウィキペディアでは「200年に一度」になっているが、これはあくまで相模トラフを震源とするものに限定しているからだ。

何にしても、ジュセリーノにしろ誰にしろ「5月○日に東京で大地震が起きる」と口にしても、それが本当に起きる可能性は限りなく小さいということは心にとどめるべきだろう。

また、「50近い数のメール・コメント」であるとか「500とか1000」というのはメール・コメントの数のことであって「50人」であるとか「500人とか1000人」と人数のことではない。あくまでもメール・コメントの数である。実際何人の人が「ジュセリーノの予言に不安を感じてメールやコメントを書き込んできたのかははっきりとはわからない。まあ常識的に考えて(同じ人が何通もメールを寄越しているのは確かなので)実数はその半分以下になるのではないだろうか。


[追記 2]

「100年に一度起きるか起きないかの東京直下大地震」というフレーズでいうと、ジュセリーノはわずか4年の間に「東京(関東)で大地震が起きる」という予言をすでに6回以上も事前公表している。結果はいうまでもないがすべて外れている。

中には「ジュセリーノは予言の公表が下手だな」みたいな感想を漏らすひともいる。あるいは上記で紹介したように「努力が足りない」と言ってきたひともいた。

「M.Y.C.O.」さんという方は、もしかするとマジシャンであるとか「超能力マジック」について精通している方のような気がする。

「M.Y.C.O.」さんからのメールには奇術とかマジックでごくごく普通に使われている「透視」「予知」のテクニックを学べば、少なくとも今のように(かまたのような人間にということか)トリックがバラされるようなドジは踏まないですんだだろうというようなことが書かれていた。そのメールに書かれていた予言のトリックというものを見て、自分は背筋が凍りつくような思いがした。

なるほど、「M.Y.C.O.」さんの書いているテクニックを使えば、(ジュセリーノでも誰でも)衆人監視の中で自分の予知能力を証明するひとつの方法として成立する。

しかし、よくよく考えてみたら、ジュセリーノはそのテクニックは使えないのだ。

もしジュセリーノがそれをやろうとすると、今度はジュセリーノが公表している自分のプロフィールに嘘があるということになってしまうからだ。

また、この「M.Y.C.O.」さんは一昨年の11月にテレ東で放送された「あらたなる五つの警告」という番組の「ブラジルで起きた一家殺人事件を警告したジュセリーノ」のコーナーは「ジュセリーノがヤマカワと組んだ茶番」ではなくて、「番組の制作サイドがはじめから仕込みをしていた」と主張している。(オンエアされた)画面にその決定的な証拠が写っているというのだ。

自分もこの番組のそのコーナーについて検証した記事の中で「番組が仕込んだヤラセの可能性」については触れた。番組がヤラセを仕込んだ可能性あるとだけ書いた。

なるほど、自分も言われて初めて気づいたのだが、ジュセリーノは何者かに事前に言い含められていたことをテレビカメラの前でやってしまった。そのため、このシーンがあらかじめ(自分の意思ではなくて)番組製作サイドから提案されたシナリオに沿ったものだということが丸わかりなのである。

自分は「ぎんぺい」さんという方から送っていただいたDVDで、この番組のV(ビデオ映像)をそれこそ繰り返し何度も何度もみている。そんな自分もそれにはまったく気がつかなかった。

やはりこの世には「自称予言者」のトリックを見破るというようなことをさせたら自分以上の実力の持ち主という方はなんぼでもいるようだ。

自分も、もうすこし謙虚にならないといけないなというようなことをしみじみと感じた。

さて「M.Y.C.O.」さんからの指摘であるが、もう少ししたら画像付きで(もしかして動画つきになるかもしれない)記事として載せようかと思う。今しばらくお待ちください。(2010.05.14)

※ 訂正とお詫び 
長らく「M.Y.C.O.」さんの名前を「MYCO」さんと誤記してそのままにしていた。日本語表記だと「エムワイシーオー」さんになるのだそうです。謹んでお詫びいたします。