2007年4月27日金曜日

070427 その3 「カルト」だよなぁやっぱり 

【ジュセリーノ予言の真実 0427】その3 「カルト」だよなぁやっぱり 

さらに旅行前にだが、ある評論家の方からも同じようなメール、というかメールに貼り付けた一文を送って頂いていた。

自分は不明にしてこの方を存じ上げなかったのだが、ぐぐってみるといくつも名前が出てきたり、該当するページにぶちあたるのでちゃんとした活動実績のある方のようである。

匿名を条件に(これからの活動に支障をきたさないためにだ)その内容を一部ここで紹介させていただく。

一言でいうならば、ジュセリーノが宗教家であるという側面を日本で伏せたまま紹介してしまったのは、たま出版というよりも最初の段階でテレビ局から釘を差されたからではないだろうかというその方の推測である。この方もジュセリーノの予言はオウムと同じでカルトであると断言している。

やはりジュセリーノの予言というものがひとつの宗教セクト(カルト)からのものであるということが明らかになると、どうしても日本では「オウム真理教」を想起させてしまうので拒絶反応も大きいだろうし、不謹慎であるとのそしりを受けかねない。

以前、ビートたけしはテレビで麻原彰晃(松本智津夫)と対談したり持ち上げるようなことをしてしまい結果的にオウムの犯した犯罪の片棒を担ぐまではいかないまでも、少なくともそれが明らかになるまでの時間を引き伸ばしたひとつの要因にもなってしまっている。

そしてそれは今でも彼(ビートたけし)のトラウマに近いようなものになっている。それでそのことを熟知しているテレビ朝日側がビートたけしの冠番組内でこのままテレビで扱うのには不向きと判断して「予言者ジュセリーノ」像というものの組替えをして「単なる予言者」ということにしまったのではないか。局はそのあたりまでは神経質になっていたのではないかと推測している。

また、他の新聞やテレビ局としてもジュセリーノの実体がカルトであると知っている以上、たとえ面白半分だとしてでも扱い難い。それで無視を決め込むしかないのではないか。(ここだけ、自分は別の理由があってそうしていると思っている)

ということを書かれていた。

(正直、自分は最後の部分には違和感を感じている。他の新聞・テレビがジュセリーノについて触れていないのはもっと別の理由があるのだと自分は思っているからだ)

しかし概ねのところ流石というかこの評論家の方の言うことには非常に理があると思ったのである。

そういう前提というか推測の元にあの番組のあのジュセリーノのコーナーをもう一度見てみたからだ。

たしかにそのとおりのようである。ジュセリーノ自身は「神」という言葉で表現している部分にナレーションでは日本語では「なにものかが~」という言葉を使っていると推測することは難くはないのだ。

なにしろジュセリーノのHPであるとか本(原書だよ)の前書きに書いてあることとそのまま一致する。

まあそうでなくとも、もし本当に彼が純粋な意味でのクリスチャンならば絶対にカルマ(業)なんていう言葉は使わないであろう。ジュセリーノ自身の言葉としてこんなものが発せられていることを見つけた段階で本来ならば警戒すべきだったのである。

オウムがキリスト教的な「終末の予言」というものを取り込んだように、あるいはそれをひっくり返した形で仏教的なものを取り入れたカルト的なキリスト教はいっぱいある。統一教会だってそんなもんだ。あれは儒教だが。

で、「ジュセリーノの予言」にもやはりそういう症状だけは出てしまっているのである。

さてここからは私かまたの一方的な推測になる。ということだけは予め言っておく。

セクト(カルト)が急進化してゆくプロセスにはある一定の法則がある。

そのひとつはヤバくなってくると「期日を区切った予言をしてくる」ということがあるのだ。

わかりやすく言うと「ここまではっきり言い切ったのだからおまえら俺の言うことを信用しろよ!」という教祖の心の叫びである。で、それが過ぎて予言が成就しないとどうなるか?

教祖が自殺したり犯罪に走ったり、あるいは集団自決の道を歩んでしまうのである。

ガイアナの人民寺院、ヘブンズゲートなど、この道を歩んでしまったセクト(カルト)は枚挙にいとまがない。

「アセンション」だとか「2012年の人類滅亡の予言」もそうだと言える。まあ彼らがずるいのは、そのときが来ると平気で引き伸ばし工作にかかるところであるのだが。

1999年に火星人が地球を攻撃してくる、とテレビで断言してしまった韮沢潤一郎もまたカルトの宗主である。なんか火星人の都合で延期になったそうですけど。そうなると「カルトごっこ」か。

「リアル鬼ごっこ」という小説があったが、彼の場合は言ってしまえば「リアルカルトごっこ」だ。

ジュセリーノもまた「今年の12月がある種の期限である」という予言を出している。

果してこの時期がきたときジュセリーノはどうするのであろう?
延期するのか?それとも「スイッチは入ってしまったのだ」という宣言をするのか。

自分が望むのは、だからその前にジュセリーノの予言の嘘というものが満天下に暴露されてしまうことなのであるが。

日本よりもブラジルで先にだ。

まあそれで英語のページにそういうことを書いておいたのだが。

(つづく)




【追記】
「カルト」という言葉を持ち出してきたものだからこのあたりで今までとは違う別の意味での抗議のメールが多く来るようになった。

これはやはり「カルト」というとイコールそのまま「オウム」しか連想しないごく一般的な日本人のヴァージナルな反応といっていいだろう。

SECTとCULTの区別は確かに難しい。国によっても違うし人によっても違う。ただしジュセリーノの本国ブラジルにおいてはSECTを意味するものとCULTを意味するものには殆ど違いはない。だからブラジルからはそのことに対する抗議というかメールはほとんどなかったのだし、実際これはどこまで書いていいことなのか微妙な話なのだが、「統一教会」も「創価学会」でさえブラジル(と南米全般)ではカルトだと見なされているのである。

要は、純粋なカトリックと広義のクリスチャニズムまではともかく、そこからからはみ出て他の宗教にまたがったような教えをひろめているもの全てが「SECTでありCULT」という概念なのではないだろうか。よくはわからんが。消去法的に推理した結果なのだが。

したがってクリスチャニズムにはない「カルマ=業」という言葉で自分の考えを説明しているジュセリーノはいくら自分では「カトリック教徒である」といってもやはり立っている場所は「カルトの領域」なのであろう。そういうことである。つまり自分の説明というのはそういうことを指してのことなのである。